第五話 いそぎんちゃく

16.赤塗


 ヒタ……ピタ……ビタ……

 ジャックの足音が変わり、歩みも進まなくなってきた。 足が重い。 力が抜けていくようだ。

 ズルリ……

 踏み出した足が滑りよろめくジャック。 姿勢を崩し、壁に背中から倒れこむ。 柔らかな肉壁がジャックを受け止めた。 

ジャックは、そのままぼんやりと立ち尽くした。

 
 フゥ……

 左手からため息が聞こえた。 視線をそちらにやると、背後に女の顔。 背後の肉壁に、浮き彫りの様に女の形が現れ

ていた。

 『ふん?……』

 ジャックに驚いた様子は無い、体同様、頭の中も鉛が詰まったように重い。

 ヌルリ……

 わきの下を濡れた物がすり抜けた。 壁から生えた赤い腕が、彼の胸の前で交差し、そのまま淫らな手つきで胸を撫でる。

 『くふぅ……』

 ヌリュ……ヌリュ……ヌリュ……

 腕は、何か粘る物を胸に塗りつけるように動き続ける。 視線を向けると、彼の胸が赤く染まっている。

 『なんだ……?』

 呟くジャックの耳を女の唇が挟み、耳を弄ぶ。 そして声が囁く。

 ”このまま……じっとしているがいい……”

 胸の赤色は背後の壁と同じ質感、女の手が溶けだしたものだろうか。 それが女の手が広げ、胸を覆っていく。

 『お……』  

 胸の赤色がヒクヒク蠢き、その下でジャックの皮膚が疼いてた。 それがジャックを愛撫しているのか、それとも……

 ”……ほら……気持ちよくなってきただろう……このまま肉の中に塗りこめてやろう……”

 別の手がジャックの足を撫でている、わき腹も、両腕も…… 背後の壁から、赤い女の腕が蛇の様に生えては、ジャックの

体に赤い肉を塗りつけ、彼を肉壁に塗りこめようとする。

 『うっ……うっ……』

 いきり立つジャック自身が湿った肉に巻きつかれた。 股の下に女の上半身が生え股間を咥えこんだのだ。

 ”……ほら……体が蕩けていくのが判るだろう……”

 『あぁ……』

 体の半ばを覆う赤い肉は、快感という消化液でジャックの体をじんわりと蕩かしていく。 ジャックは魔性の快楽に包まれ、

恍惚の表情で肉壁の中に塗りこまれていった。

 『あぁ……あぁ……あぁ……』

 ”まだよ……もう少し……もう少し……”

 女の囁きどおり、ジャックの体は殆ど肉壁の中に埋まっていた。 ただ顔だけが壁から覗き、喘いでいる。

 ”さぁ……いって”

 淫靡な女の顔がジャックの視界いっぱいに広り、彼は全身が柔らかな快感でくるまれたのを感じた。

 『いく……』

 蕩ける快感に身をゆだねる。 意識がすーっと白くなり、ほんのりと暖かくなり……広がっていく、どこまでも……どこまでも……

 『うふふ……捕まえた』

 『あなたはここまで……』

 『わたしのもの……』

 広がったジャックを女達が奪い合う。 口で、胸で、神秘の洞窟で。 ジャックは女達に奪われていった。


 ”……若いぇもんはせっかちでいけねぇなぁ……”

 老漁師はジャックの後を追うように歩いていた。 失神した彼は、ジャックが奥に消えた後で意識を取り戻したのだ。 

 『オイデ……』

 しかし、彼も『いそぎんちゃく』の誘い声に逆らえず、ジャックの後を追う形になった。 その彼の耳に、異様な声が聞こえてきた。

 ”イグ……ギボチイイ……ボゴ”

 ”お?”

 声は壁の中からだった。 人の形に膨れた肉壁がヒクヒクと震え、その周りで壁から赤い『いそぎんちゃく』達がせり出し、

人型の瘤を舐めていた。 よく見れば、瘤から白い粘液が何本も流れ出し、女達はそれを舐め取っていたのだ。

 ”ろくな死に方はしねぇといったろうがよぉ……”

 舐め取られた粘液−−変わり果てたジャックは、女の舌や肌の上で喜びに震えつ、そして女の中に消えていった。

 ”次はわっしか? はん”

 悟ったような口調で呟き、老漁師は誘われるままに奥に進む。 


 ”む?”

 奥に光が見えたような気がした。 老漁師は、僅かに顔をひきしめて奥に進む。

 ”これは、なんじゃ?”

 『巨大いそぎんちゃく』の奥の奥、そこは差し渡しが10mほどの球形の部屋になっており、その中央に1mほどの

半透明の玉が吊られていた。 その玉の中に金色の髪の幼子が、膝を抱えて眠っている。

 ”いそぎんちゃくの頭(かしら)か、それとも卵じゃろうか?”

 老漁師は頭をかいた。

 『オイデ……』

 声は、その幼子が発しているようだった。

 ”ふん、お前さんがわしらを捕まえたっちゅうわけじゃな。 ま、こいつも縁という奴じゃろうか”

 老漁師は一歩前に出る。 その股間は赤黒く、あるべき物が見当たらない。

 ”どうやらさっきのでわしゃ『打ち止め』になったらしいわ、お前さんがわしをどうするつもりだったか知らんが……”

 老漁師は、幼子の玉に向けて手を伸ばす。

 ”わしも好きにやらせてもらおうかの。 ま、わしもすぐ後を追うんじゃろうが”

 老漁師の手が玉に届く寸前で、床が波打ち彼は仰向けに倒れた。

 ”お!?”

 彼の真上の天井に、赤い女が浮き彫りの様に現れていた。 その目が老漁師を見据える。

 ”う……?”

 体から力が抜け、頭の中にうす桃色の霧がかかっていく。 老漁師の目がどろんと曇っていく。

 『……』 

 赤い女は、無言で真下の老漁師向けて腕を伸ばす。 指先から透明な粘液が糸を引き、老漁師の胸の間を繋いだ。

 ”……”

 老漁師は自分の胸を撫で、粘液をすくってそれを眺めた。 と、胸に微かな温かみを感じ、天井に視線を戻す。

 ”ほぅ……”

 天井から『女』が滴ってくる。 指先、胸先、つま先、体のあちこちから赤く細い流が降り注ぎ、老漁師の体を赤く染ようとしている。

 ”……芸達者じゃのう”

 老漁師はぼんやりと呟いた。

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